2009年08月17日

目上の人に会う機会

こんにちは。
就職エージェント 熊沢です。

今日は、目上の人たちに対峙することの大切さを書いてみたい。
・・・というのも、ここ数週間のウチに
目上の人に会う機会を多く持ったからだ。

親族会.jpg
<祖父の誕生会>

それは、たとえば結婚の報告にいった親戚の集まりだったり、
年に何回かある高校の部活のOB会幹事会だったり、
10や20の年齢差ではない方々との時間である。
(リアルに爺ちゃんは97歳だし、親戚も70歳代〜50歳代。
 OB会幹事会も50代〜60代が、ゾロゾロいらっしゃる。)

CA390641.jpg
<今年の6月の総会の風景>

その大切さは簡単に書くと、「心が裸にされる時間」である。
それもそのはず、自分の年齢の倍以上の方々と、
コミュニケーションをするときは、何かで読んだ小手先の知識も、
口先で誤魔化す近況報告も、小さなことでの感情論も通じない。

(自分が生まれてから一ヶ月間、風呂に入れてくれた叔母なんかに、
 小手先が通じるわけもなく、そんな人たちに、
 過分なお祝いなんか頂いたら、下げた頭が上がらない。。。)

生きてきた時代も苦労も、自分と違いすぎて、
相手の世界を想像し、言葉を編むことが出来ない。
なんとか、自分の話ばかりをツルツルとするのが、
関の山・・・なんてことが良くある。

じっくりとその人達とコミュニケーションする言葉を選ぶと、
結局、自分の真の姿というか、正直な姿でお話させて頂くしか、
相手の心にも頭にも届かないことを知る。
逆に、自分の正直な姿でも、言葉が届かないこともある。。。

そんなときには、自分自身の浅さを感じるわけだ。
しゃべりながら、自分の非力や、至らなさや、情けなさを、
身にしみて感じる。何もいわれなくても感じていく。。。

時に、スバ!っと、指摘されることもある。

それは恥ずかしい話ではない。
堂々と自分の浅さを指摘していただき、
深める機会とさせて頂けば良いのだ。
真摯に受け止めることが大切だ・・・と思う。

自分の足りない点を指摘してくれる人がいることは、
最高の幸せだと思った方が良い。
そんなにありがたいことはない。

普段の生活で言葉の届く人達、周りの近しい価値観の人達とだけ、
年齢が下の学生や部活の後輩に威張り散らしているだけ、
コミュニケーションをしているウチは、
きっと、「自分が深まる」ことは、数えるぐらいしかない。

そんなのただの井戸の中の蛙か、アメンボか・・・そんなもんだ。

目上の人、自分の価値観や能力では、一切、かなわない人、
そう言う方々とのコミュニケーションの時間を大切にしないと、
いけない・・・と、常に思う。

就職活動なんてその連続みたいなものだ。
でも、不合格通知以外の指摘をして貰えないから苦しいわけだ。
当たり前だ。人事はダメ出しや指摘なんて、赤の他人にはしない。
そんな時間ないし、下手にかみつかれたら、めんどくさい。
あげく、<みんしゅう>にでも書かれたら、泣き寝入りだ。

だから目上の人に会う機会ってのは、絶対的に必要だ。

就活渦中の学生さんも、これから就活する学生さんも、
ぶっちゃけ自分の人生の話を親戚なんかにするのはメンドクサイかも、
しれないが・・・そこは、時間を使うことをお勧めしたい。

高校野球を毎日みているだけではなく、夏休み・お盆休み、
その素適な時間の使い方は、きっとある。
実家の隣の10年以上、お話してない人でも、
小さいころに、お世話になった人にお菓子でも持っていけばいい。

きっと、いろいろと指摘をしてくださるに違いない。

お墓参りとかも、人間が成長すると、
それと同じ意味を精神世界で作れるのではないか・・・と思う。

私はまだ未熟者なので、私自身ができていないが。。。

それが足りなかったら、足りなかったと認めて、常に、
自分と向き合い、目上の人と向き合い、正直な自分でいたいものだ。




posted by 就職エージェント熊沢 at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 編集後記“最近どう?” | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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